Egg Benedict
唐突ですが、egg Benedict という料理があります。Wikipedia によれば、イングリッシュマフィンを半分にし、ハムまたはベーコン、ポーチドエッグ、ホランデーズソースを載せた料理とされています。
筆者はこれ結構好物で、レストランで朝食またはランチに食べます。ディナーのアントレという雰囲気ではありません。要はベーコンエッグをパンに乗せたようなもので、どうしても朝食というイメージが残るからです。
さてこれ、Benedict という名前がついていますが、これは言うまでもなく人名です。Egg Benedict というと卵料理だと言うことは分かりますが、poached egg とか fried egg とか sunny side up とか、egg にどのような調理を加えたのか分かる料理名になっていないので、知らないと内容が分からない料理です。Wikipedia によるとこれがどうして Benedict と呼ばれるようになったのか、については3つの説があるそうです。
The New Yorker 誌のコラム "Talk of the Town" のインタビューで、引退した Wall Street の株ブローカーであった Lemuel Benedict が彼の死ぬ前年の 1942 年に次のように語った。1894 年のある日、私は Waldorf Hotel で二日酔を直そうと、「バタートースト、ポーチドエッグ、カリカリベーコンにホランデーズソースを少し」と注文した。これを聞いた Oscar Tschirky (Waldorf の支配人。Oscar of the Waldorf として伝説的な人物)はたいそう感心して、ベーコンの代わりにハム、トーストの代わりにトーストしたイングリッシュマフィンとした上で朝食とランチョンのメニューにこれを載せた。
1967 年 9 月、The New York Times Magazine のコラムで Claig Claiborne が、当時在仏のアメリカ人 Edward P. Montgomery から受け取った手紙のことを書いている。その中で、Montgomery は egg Benedict は 銀行家でヨットマンの Commodore E.C. Benedict が、1920 年に 86 歳のときに作ったと記している。Montgomery はまたその中で、egg Benedict のレシピについても触れていて、そのレシピは彼の母親から受け継いだと書いている。そしてその母親は Commodore の友人であった彼女の兄から受け継いだとされている。
マサチューセッツ州 Vineyard Haven の Mabel C. Butler は 1967 年 11 月に The New York Times Magazine に掲載された手紙の中で、Montgomery の話に関して、「良く知られた Mrs. Le Grand Benedict との関係についての本当の話」は次のようであると述べている。
Benedict 夫妻は 20世紀初頭 New York 在住の間、毎週土曜日は Delmonico's で食事をすることにしていた。ある日 Benedict 夫人は支配人をつかまえて「何か新しいものか変わったものはないこと?」と聞いた。支配人が答えて夫人からの注文を待っていると、夫人はイングリッシュマフィンにポーチドエッグを乗せて、ハムのスライスにホランデーズソースを添えて、てっぺんにトリュフを乗せて、と注文した。
しかしながら、起源説としてもっとも有力なのは、Elizabeth David の French Provincial Cooking である。ここで彼女は伝統的なフランス料理である œufs bénédictine について述べている。これは揚げたパンに brandade (塩タラとポテトのピュレ)をスプレッドしたもので、その上にポーチドエッグを乗せホランデーズソースを添えたものである。これがどうやってアメリカに渡って広まったのかは依然不明である。なおタラと卵という組み合わせは、これが四旬節の肉を用いない料理であったことを示しており、またタラが塩タラであることから、それが良く用いられていたルネサンス時代まで遡ることを示している。
実のところ「Egg Benedict とはどういう料理であるか」が重要なのであってどの説が有力でも関係ありません。Benedict なんていう名前をつけるから、名前から料理の内容が想像できなくて困るわけですが、料理に人の名前やレストランの名前をつけるのは良くあることです。またその起源を書き出すとキリがありませんが、例えば次のようなものです。
Porter-house steak
Delmonico steak
Sandwich
Chicken Cordon Bleu
Porter は人名ともそうでないとも諸説紛々です。Delmonico's は上にも出てくる NY のレストランです。Sandwich は有名な話ですね。ギャンブル好きの伯爵の名前とされています。
ステーキで言うとシャリアピンもそのはずなのですが、Chaliapin steak をググっても英文ページは殆どヒットせず、日本語ページだったり英文でも日本のレストランだったりしますので、もしかしたらシャリアピンステーキというのは日本でのみ使われている料理名なのかもしれません。
人名以外の固有名詞、例えば地名のついた料理もまた同様に、何だか分かりません。
Buffalo wing
New York strip
Kansas City strip
Lyonnaise potato
Wiener Schnitzel
Frankfurter sausage
ミラノ風カツレツ
まあ地名が付くのはその地方の名物料理なのでしょうから仕方ありません。
そう言えば egg Benedict に使われる Hollandaise sauce は、これも当然地名です。冒頭で「イングリッシュマフィンを半分にし、ハムまたはベーコン、ポーチドエッグ、ホランデーズソースを載せた料理」と書きましたが、これを理解するには Hollandaise sauce が何たるかを知ってしなければならないことになります。もう深入りはしませんが、Hollandaise sauce とはバターとレモンジュースを卵黄を乳化剤として懸濁したソースで、塩コショウまたはカイエンペッパーで味付けするそうです。要は酢の代わりにレモンジュース、植物油の代わりにバターで作ったマヨネーズですね。これは本当はフレンチのソースなのですが、オランダ料理を真似たものと誤解されていたのでこの名前がついたとのこと。
しかし上で出てくる各説の登場人物は、みんなこのソースがどんなものか知っていたのでしょうか。または普通のアメリカ人はみんな知っているようなものなのでしょうか。謎です。
さて地名なら日本でも石狩鍋、土佐酢、さつま揚げ、江戸前寿司、讃岐うどん、吉備だんご、安部川もち、深川丼等たくさんあって、内容が分からないのも同様です。でも、人名・レストラン名等の固有名詞がついた料理は日本では少ないものと思います。「柳川」が江戸時代の日本橋の料理屋という説はあるらしいですが。だからでしょうか、こちらで人名つきの料理名を見ると少しムカっとするのは。「あ、知らないの? ふーん」とか思われていそうで。ま、旨いものにありつこうと思ったら、覚えるしかないですね・・・
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